忘れてはならない記憶の新たなる形(アニメ映画「この世界の片隅に」鑑賞)
元旦初日から映画館に行って、新年一発目に観た映画である。
「この世界の片隅に」は、こうの史代原作の戦時中の広島を舞台とした漫画。5年前には実写のドラマスペシャルが放送され、2016年に本作が作成された。
さて、ここで大戦末期の広島を舞台としたアニメ作品について、少し前置きしておきたい。自分が触れてきた作品で特に印象が残っているのが「はだしのゲン」と「火垂るの墓」である。
「はだしのゲン」は戦中から、戦後にかけて広島に住む少年、中岡元を中心に戦争によって翻弄された人々を描く作品である。
「はだしのゲン」は、自分が小中の頃に学校の図書室や、各地の図書館には必ず置いてあった。特に小学校の頃は学校推薦図書にも指定され、教室の後ろの学級図書コーナーにも置かれていたほど、目にする機会が多かった作品である。
当時も、やや気が重い感覚を持って読んでいたが、今を持って、小学校低学年の子供が観るにはかなりハードで、特に原爆投下直後の描写などはトラウマ級の描写だと感じている。
「はだしのゲン」はアニメ映画も作成されており、小学生の頃に道徳学習の一環として観たことがあったが、こちらも原爆投下シーンの描写の凄まじさに思わず目を伏せた記憶がある。
単に、戦争の悲惨さや原爆の恐ろしさだけでなく、戦争によって変わってしまった社会や、主義主張、荒んでいく人々の生活や心情なども描かれていた。
大人になって改めて振り返ると、作品中に見られる作者の主張や左派的な描写など、社会的に見ても影響がある様々な要素を内包している作品だな、と考えさせられた作品だった。
続編の企画も進行していたらしく、第一部で東京に旅立ったゲンが、東京から見た広島や被爆者に対する差別、東京大空襲によって同じく生活が一変してしまった人々などの話も織り交ぜる内容とのこと。作者の中沢氏の病状悪化、そして死去によって草稿のみを残し、描かれることはなかった。
「火垂るの墓」は、野坂昭如氏の同名小説を原作として、スタジオジブリが製作した長編アニメ映画である。
物語は、主人公の少年、清太が自分が死んだ、という事実を述べるナレーションから始まるという衝撃的な内容で、幽霊である清太が死ぬまでを回想する形で話が進行している。
海軍として出征した父は生死不明、病弱だった母は空襲により大やけどを負い、回復することもなく死亡、叔母の家に住むことになった清太と妹・節子だったが、叔母との折り合いが悪く、家を出る。何とか妹と二人で暮らしていこうとするが、食料もまともに調達できずに栄養失調で妹を亡くし、自身も衰弱死した。
清太と節子の二人の兄妹は、叔母の家に預けられるも家出をしてしまうため、ほとんど社会との接点を持っておらず、戦争や原爆といった戦争描写はあっても、二人きりで必死に生きていく、ごく狭い範囲での話になっている。
この辺は、「はだしのゲン」のように様々な苦難にもめげずに前向きに力強く生きていく物語ではなく、戦争によって生きることさえもままならずに、死んでいった少年の無常さが描かれている作品だ。
描写としてインパクトはないが、戦争の悲惨さと無常さを感じる作品だった。
そして、今回の「この世界の片隅に」である。
主人公である浦野すずは、広島から呉の北条家に嫁いだ女性であり、それまでの自分が観ていたアニメ映画とはまた違い、女性として、また主婦としての視点で描かれる戦争映画なのである。
嫁ぎ先でのご近所づきあいや、小姑とのやりとり、戦況の悪化とともに減っていく配給から、料理の工夫など、当時の女性たちの暮らしにスポットが当たっているところが、今まで自分が観てきた作品ではあまり見られないところで、戦時中でも決して陰鬱で暗い日々の暮らしを送っているわけではなく、家族の団欒があり、明日を悲観せずに一日一日を生きていく前向きなすずの生き方にホッとする。
やわらかいタッチのキャラクターと、主人公のすずの少しおっとりしているものの、芯の強い性格や、出てくる登場人物も一様に親切で人情味に溢れたキャラクターで、観ていて安心できる作品だった。
余談だが、すずの嫁ぎ先となった呉は、原爆の範囲からは離れていたため、大きな被害にあっていなかった。同じ広島でも爆心地と範囲外の様子にここまで差があることに驚かされる。作品は違えど、爆心地を描いた「はだしのゲン」の悲惨さが、この呉の描写によってより残酷なものに思えてくる。
本作はクラウドファンディングによって資金を集め作成された映画だが、当初の目標額を大きく上回る資金が集まり、前評判も高かった。
劇場公開時の館数は多くはなかったものの、徐々にその数も増え、自分の周囲でも、観た人からの評価は非常に高かった。
恐らく、この作品は「はだしのゲン」や、「火垂るの墓」に並ぶ、名作戦争映画になるだろうと思っている。
大人にも子供にも観て、語り継いで行って欲しい名作である。