遅れてきた新参者(ニンテンドースイッチ初報によせて)
「NX」のコードネームで製作されていた任天堂の次世代ハード「ニンテンドースイッチ」の発売日が発表された。
公開されたPVは非常に興味をそそられるものだった。
リビングルームのようなところでゲームプレイする青年。飼っている犬が近寄ってきて、散歩をして欲しそうに主人を見つめる。仕方ないと言った素ぶりで立ち上がり、持っていたコントローラが分離、ニンテンドースイッチの本体に収納されているタブレットの左右にコントローラが装着される。本体からタブレットを引き抜くと同時にテレビからタブレットにゲーム画面が切り替わる。そのまま携帯機のように外へ持ち出し、犬と散歩を始める....。
中々に興味が惹かれるファーストインプレッションだ。WiiUゲームパッドでも、テレビからゲームパッド画面に切り替えるという仕様があったが、新ハードの切り替えスピードは一瞬で、妙な表現だが、まさにカチッとスイッチが切り替わるような気持ち良さを感じる。
またもう一つ興味を惹かれたのはコントローラだ。左右が独立して操作できるようで、タブレット部分をテーブルに置いて、2人がそれぞれコントローラの右部分と左部分を操作して対戦プレイをしているような映像も観られた。
何人かでワイワイやるという映像が多かった印象で、この辺りの友達同士でカジュアルに遊ぶというイメージはWiiUから引き継がれている気がする。
ただ、PVの中で一部嵌め込み映像を使っているなど、本来のスペックがわからないので、ゲーム機としてのパフォーマンスがどこまでのものなのか、続報が気になるところだ。
個人的に自分が求める仕様を挙げておきたい。
1.Wii関連の周辺機器対応
ソフトの互換に関しては対応予定がない旨、既に発表があったが、周辺機器に関してはどうだろうか。Wiiシリーズの牽引に一役買ったWiiFitなど、おそらくまた発売される気がしていて、その場合は従来のWiiFitボードを使える方がユーザーフレンドリーと言える。
個人的に、WiiUゲームパッドをセカンドモニターとして使うユーザーインターフェースは切り捨てるにはもったいない気がしている。
2.スマートフォンとの連動
iPhoneへの本格的参入により、スマホ業界との協力体制をアピールしている任天堂。スイッチとの連動はかなり濃厚な気がしている。
例えば、スマートフォンをゲームパッドとして使うというのはありそうな気がする。
コントローラ部分が分かれて2人でゲームはできる仕様だが、例えばパーティーゲームなど、もう少し人数が増えた時など、スマホをコントローラにすれば対応できる。
もう一つ、ニンテンドースイッチでニコニコ動画やyoutubeが出力できたり、ニンテンドーダイレクトで映画配信をして、スマホをリモコンのように使うなどはどうだろうか。
ところで、 新しいゲームハードの発表があったにも関わらず、任天堂の株価は下落。どうもユーザーにインパクトを与えるほどの画期的な変化がなく、想定内の作りへの失望感が優ってしまったというコメントが散見された。
現段階ではどんな滑り出しになるか、予測がつかないが、まだ発表していない画期的な機能や、価格によっても、また評価は変わってくるかもしれない。
とはいえ、自分も今の段階では発売日に買うかどうかというと、五分五分といったところである。
まぁ、スプラトゥーンの続編が発表されているし、例えばモンスターハンターのような、ハードを牽引する鉄板タイトルが発売されるような話になれば、化ける可能性は十分にある。
4つのお城の物語を読みつくす(アイドルマスターシンデレラガールズ4thライブ完走所感)
自分がここ数年、ずっと張り付いているゲームタイトル、アイドルマスターシリーズ。その多数のコンテンツの中で、今まさに、旬の素材が「アイドルマスターシンデレラガールズ」である。
「アイドルマスター」は、プレイヤーが「プロデューサー」という設定で、アイドル事務所のスタッフとして、アイドルを育成するという「アイドル育成シミュレーションゲーム」として、ゲームセンターで稼働したアーケードゲームである。
詳しくは省くが、その後、家庭用に移植、アニメ化までされた。多数のファンを抱えるゲームであり、発売元のバンダイナムコエンターテイメントの屋台骨の一つとなっている。そのアイドルマスターの外伝的な位置づけとして、ソーシャルゲームで展開しているのが「アイドルマスターシンデレラガールズ」である。
元々は、「アイドル育成カードゲーム」としてサービスが始まったコンテンツではあるが、こちらもアニメ化して話題となり、後にリズムゲーム「アイドルマスターシンデレラガールズ・スターライトステージ」が配信開始。まさかのSMAPの中居正弘氏をCMに起用し、シンデレラガールズが一躍、世間に認知されることとなった。
ちなみに、この影響で、自分の仕事先の女性が、旦那さんと揃って興味を持ち、今ではライブに行ってみたいという話をしていて、ハマり込んだ時の中毒性たるやである。
このコンテンツの魅力の一つが、ライブである。
ゲームでライブ?と疑問に持たれた方もいるかもしれないが、「アイドル」を主題としたコンテンツである以上、欠かせないのはもちろん楽曲である。
「アイドルマスターシリーズ」は本家の「アイドルマスター」を筆頭に任天堂のニンテンドーDSで発売された「ディアリースターズ」、ソーシャルゲームとして展開する「シンデレラガールズ」の他、「ミリオンライブ」、そして、女性のプレイヤーをメインターゲットにした男性アイドルを育成する「サイドエム」の3タイトルと、コンテンツの広がりはさることながら、キャラクターボイスを担当する声優が実際に歌唱する楽曲が魅力の一つであり、シリーズ総計楽曲数は500曲を超える。
そして、「シンデレラガールズ」に関しては、ゲームに登場しているキャラクターは200人近くおり、未だにボイスが入っていないキャラクターは100人以上。現在、50名を超えるキャラクターにそれぞれ担当する声優がついているが、現時点で、「シンデレラガールズ」のみのコンテンツ楽曲は100曲を超えていて、今後、新規にキャラクターへのボイスが追加されるとともに、楽曲数も膨れ上がっていくと予想される。
その楽曲を声優陣が、ゲーム、アニメの中のキャラクターたちと同じ衣装を着て、実際にライブで披露するのがこのコンテンツの目玉の一つとなっている。
昨年は本家の「アイドルマスター」が10周年を迎え、姉妹コンテンツである「シンデレラガールズ」と、「ミリオンライブ」、それぞれの選抜メンバーが一堂に会した合同ライブが行われた。埼玉西武ドームという大型の箱が超満員となり、全国の多数の映画館でライブビューイングも行われ、2日間のライブの観客動員数は10万人を超えるという超ビッグイベントとなった。
今回の話題となるのは「シンデレラガールズ」の4回目の単独ライブ。
「TriCastle Story」と銘打たれた今回のライブは、神戸の2日間を新作リズムゲーム「スターライトステージ」の楽曲を中心とした「Starlight Castle」、比較的新しい、ここ1~2年の間に「シンデレラガールズ」でキャラクターボイスを担当することになった声優陣が中心となった埼玉1日目を「Brand new Castle」、そして、アニメ化の際、業界大手の事務所の美城(346)プロダクションに所属するアイドルとして、メインで描かれた「シンデレラプロジェクト」のメンバーと関連キャラクターの声優陣を中心とした「346 Castle」とそれぞれコンセプトが設けられた。
「シンデレラガールズ」の楽曲の魅力は、そのジャンルの幅の広さにある。
正統派のアイドルソングから、ヴィジュアル系のロックサウンド、定番のJ-POPサウンドや、電波系ソングなど、個性あふれるキャラクターに合った様々な楽曲の多様性は、ライブの広がりにも相乗効果を見せる。
回を重ねる毎に会場も大きくなり、今回、9月3日、4日は神戸。そして、10月15日、16日は埼玉と2大都市ツアーとなった。
今回は、リズムゲーム「スターライトステージ」の楽曲も加わり、4日間で40名以上の出演者が様々な楽曲を披露した。自分は、全公演、映画館のライブビューイングでの参加。残念ながら、地元の埼玉の方も本会場のチケットは落選した。以下、それぞれの日で、特に会場の空気が変わったな、と思ったハイライトを挙げてみる。
演者、キャラクター名を入れると、それぞれのキャラクターの解説も入れる必要があり、長くなってしまうので、名前は割愛する。
神戸1日目(9/3)
リズムゲーム、「スターライトステージ」の楽曲を次々と披露。
まだCD化されていない、「LOVE∞Destiny」のフルバージョンは、特にJAZZテイストの利いた楽曲で、残念ながら、オリジナルメンバーが揃い踏みとは行かなかったものの、3人の演者のセクシーなダンス、切ない表情と歌声で会場の雰囲気を盛り上げる。
そして、80~90年代のツッパリ系ロックンロールテイストでノリの良さはトップクラスの「純情Midnight伝説」。全5人のメンバーのうち、4人の登場となったが、楽曲の途中でサプライズゲストとして、最後の1人が登場、会場のボルテージが一気に上がる。
神戸2日目(9/4)
毎回、会場のボルテージを一気に上げるメタル系楽曲、「毒茸伝説」。演者の力強い歌唱力も相まって、とにかくパワフルで熱いステージを披露してくれる。
クリスマスをテーマとしたポップなラブソング、「Snow Wings」は5人ユニットの楽曲なのだが、まさかのメンバー1人での歌唱。と思いきや、これが2日目のサプライズであり、全員は揃わなかったが、2人のオリジナルメンバーが途中から参加、3人での歌唱となった。この3人は、特にゲーム、アニメでも、アイドルグループで言うところのセンターポジションの3人。この3人でのユニットは「シンデレラガールズ」の顔となっており、こちらも会場が一気に盛り上がった。
そして、10月13日に発売されたPSVR対応コンテンツ「アイドルマスターシンデレラガールズ・ビューイングレボリューション」のテーマソングが、この時点ではゲームより先んじて、サプライズ歌唱され、大盛況のうちに終了。
埼玉1日目(10/15)
「Brand new Castle」と銘打たれたライブで、本来はキャラクターがソロで歌っている楽曲を、様々なメンバーがユニットで歌うという趣向で、どんなユニット編成になるのかという楽しみで、どの曲も盛り上がった。
特に、3rdライブでも盛り上がったEDMサウンドが光る「Hotel Moonside」は、前回同様、ライブオリジナルのイントロで、バックダンサーがこれでもかというほど激しくパワフルなダンスで会場を盛り上げ、その熱気の中、3人のユニットが登場。歌唱、ダンスパフォーマンスは圧巻の一言。
また、比較的初期からコンテンツに参加しているものの、今までの3回のライブに参加しておらず、待望されていたメンバーの一人がサプライズで登場し、会場は歓喜の絶叫に包まれた。
また、この日は間もなく5周年を迎える「アイドルマスターシンデレラガールズ」のアニバーサリーソングとして作られた「EVER MORE」が披露された。
埼玉2日目(10/16)
ゲーム、アニメとどちらにも深く関わっているメンバーで、ライブへの参加回数も多いメンバーが中心となっている「346 Castle」はやはり安定感があり、楽曲もアニメで使われた人気楽曲を多数披露。
特に、今までライブでは全員が揃わなかった「シンデレラプロジェクト」が勢揃いしたということで、特に楽曲が発表後の登場がなかった往年のアイドル「Wink」を彷彿とさせる「ラブライカ」が歌う「Memories」、それに続くソロユニット「ローゼンブルクエンゲル」の「-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律」、3人ユニット「トライアドプリムス」が歌う「Trancing Pulse」など、ほとんどの楽曲がオリジナルメンバー揃い踏みとなって、非常に見応えのある内容。
前日同様、初期から関わっていながらライブへの参加がなかったメンバーがサプライズで登場、特に歌唱力に定評があり、会場は感動の拍手に包まれた。
そのまま、もう一人のサプライズゲストが登場。サプライズの2人がユニットとして歌った「Nocturne」が披露され、会場を盛り上げた。
ライブ中盤、「346 Catsle」に続く、シークレットステージ「Future Catsle」に変わり、CD化されたばかりの新曲が次々に披露される。
最後は「シンデレラガールズ」のテーマ曲でもある「お願い!シンデレラ」で締めくくられ、大盛況のうちに終了。
軽くまとめるつもりでも、この長文である。
控えめに言っても最高のライブと言える内容だったのではないだろうか。本当に夢のような時間で、この歴史的ライブを観覧できてよかった。
さて、間もなく5周年を迎えるということで、次は今回以上に色々な演出とサプライズで盛り上がるライブを見せてくれるのではないだろうか。
次こそは現地で観たいものである。
積んでは崩す娯楽の山(ペルソナ5ぼちぼちプレイ中)
自分の悪い癖ではあるのだが、どうにも欲しいゲームがあると、まだクリアしていないゲームがあるにも関わらず買ってしまう。
我慢ができない、という自分の散財癖もあるのだが、メーカー側も初回出荷分のパッケージにはいろいろ特典をつけていたりするので、あとで買えばいいか、と思っているとやっぱり損をしてしまっているようで、ついつい手に入れてしまうわけで。
現状、少しずつ触っては別のゲームをやってみたりと、一応、平行して進めたいと思っているのだが、一度初めると、わりと時間を忘れて没頭してしまうことも多く、気づいたらしばらく手つかずになったまま、クリアしていないゲームが増えていくのである。
さて、そんな中、一応、メインで進めようと思ってぼちぼちプレイしてるタイトルが「ペルソナ5」。
恐らく、今年発売されるゲームの中でも、注目度はトップクラス、ファン待望のRPG、「ペルソナシリーズ」の5作目となる。
ざっくり説明すると、心の中に眠る力を実体化させて戦う「ペルソナ」という能力に目覚めた少年少女たちが、様々な事件に巻き込まれていく青春群像活劇RPGである。
本作を手掛ける老舗ゲームメーカー「アトラス」は、神や悪魔といった異形のものたちをコンピュータを使って召喚したり、コミュニケーションをとって仲間にする等、オカルティックな世界観とコンピューターというサイバー要素を取り入れたRPG、「女神転生」シリーズを世に送り出した。独特の世界観と、高い難易度でコアファンに熱狂的に支持されていた。
「ペルソナ」シリーズは、その世界観を引き継ぎながらも、学園モノとして高校生を主人公にしたこと。また、自らの能力として神や悪魔の力を借りて戦うというシンプルな設定で、初めて世界観に触れるプレイヤーにわかりやすいものなっていた。しかしながら、最初のタイトル、「女神異聞録ペルソナ」は相変わらずの難易度と、初代プレイステーションの不安定さも相まって、ただ難しいだけではなく、本体の不調によってたまに進行できなくなるという、ゲーム要素以外の問題もあったりして、非常に歯ごたえのあるハードルの高い作品となっていた。
続く、「ペルソナ2」は「ペルソナ2・罪」と「ペルソナ2・罰」という前後編で発売し、それぞれ違う主人公の視点で事件の謎を追っていくという群像劇としての色が強くなっていた印象。前作よりもさらに難易度の調整が行われ、格段に遊びやすくなっていた。ムービーシーンや、イベントボイスなども挿入され、よりキャラクターたちの個性が際立つようになってきた作品だった。
そして、「ペルソナ3」でそれまでの世界観とは一線を画す進化を遂げる。次世代機のプレイステーション2になったという点も大きかったが、イベントシーンのフルアニメーションや、多数の有名声優を起用したキャラクターボイス、そしてこの作品の代名詞となったサウンドである。とにかくスタイリッシュな仕上がりで、戦闘シーンでもボーカルが入ったクラブサウンドが流れるといった、それまでのRPGにはない演出によって、一躍注目の作品となった。
このスタイルを継承した「ペルソナ4」は、さらにポップなサウンドと、世界の命運をかけた戦いや、壮大なテーマではなく、自分たちの町で起きた事件を解決するために奮闘するという、学生らしいより身近で個性豊かなキャラクターたちが人気を集め、全編アニメ化や、後日談を描いた格闘ゲームといった別ジャンルのゲーム、また楽曲の人気から音ゲーの発売まで派生し、まさに不動の人気RPGとなった。
この人気もあり、前作ペルソナ3の劇場アニメ化や、格闘ゲームへのゲスト出演といったシリーズの底上げにも一役買っている。
そして、ファン待望の「ペルソナ5」
前作までの正義感溢れる前向きな学生たちとはちょっと路線が変わっている。
3、4とそれぞれ主人公たちが敵対するものは、超常的な存在で、人間VS謎の存在という作りになっていた。
今回は、様々な事情により問題児扱いになっている主人公が、表向きは善人と思われている非道な大人たちの心象世界に侵入し、強制的に改心させるという人間VS悪人という演出になっていて、この演出がピカレスクロマンという作風とマッチして、群像劇+ミステリー要素という新たな方向性になっている。
ジャズをメインとしたサウンドも非常に出来が良く、また独特のインターフェースがオシャレ感バッチリで、非常に完成度が高いゲームとなっている。
また、RPG初心者から、ペルソナシリーズ熟練者まで、それぞれが楽しめる難易度設定もできるようになっていて、今の時代のプレイスタイル合わせた作りになっているのありがたい。
そんな訳で、「ペルソナ5」であるが、ダンジョンのステルスアクションやギミックといった新しい要素も楽しくて、時間を忘れさせてくれるゲームとなっている。
しかしながら、ここ最近は仕事の方でもやることがあったり、仕上げなければならない原稿もあったりで、なかなかできていない。
そんな中、また別のゲームを買ってしまって、自分の棚にはまたプレイできないゲームが収まるのだった。
栄光の落日を招いた武器は今(「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」を観に行く)
「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」の4DX版を観に行ってみた。
今年の7月9日に劇場公開されたが、たまたまタイミングを逃し、観れていなかったところ、近場で4DXが公開されていたという次第。
ご存じ、スクウェアエニックスのRPGの金字塔「ファイナルファンタジーシリーズ」の最新作、「FINAL FANTASY XV」のプロローグストーリーをフル3DCGで映像化したもので、ゲーム本編の世界観を先んじて味わえる内容となっている。
ところで、我々の世代で、「ファイナルファンタジー」で「CG映画」というと、色々思うところがある。
今から遡る事15年前。「ファイナルファンタジー」を冠した世界初フル3Dの映画が製作されていた。「ファイナルファンタジーシリーズ」の生みの親でもある坂口博信氏が監督を務める映画ということで、どのような出来になるのかと注目されていたが、蓋を開けてみると、ゲームのファイナルファンタジーシリーズの世界観からは想像もつかない、SF映画だったのである。
一応、「ファイナルファンタジー7」の世界観から着想を得た「ガイア理論」という設定が登場するが、正直、関連性があると言うには難しい話。
先行で公開された北米では完全に大コケ、ギネス級の大不振となる。日本でも支持は得られず、スクウェアは会社が傾くレベルの負債を抱えることとなった。
後に、人気RPG「ドラゴンクエストシリーズ」を製作するエニックスと合併することになるのだが、この映画による赤字も要因の一つと言われている。
さて、今回の映画については果たしてどうであろうか。
いくつかの批評サイトを観てみたが、賛否はあるものの好意的な評価も多かったように思う。
実際、自分が観に行ってみての感想としては、ゲームの導入、販促ということを抜きにしても、SF作品として出来はいいと思った。
まず、CG。かつての「ファイナルファンタジー」から15年経っているというところで、技術の革新のスピードに下を巻く。キャラクターの肉感や、服装、影の映り方、背景の光沢など、かなりリアルな作りになっている。
シナリオについては、尺の問題なのか、いくつか違和感のある話の展開(賛否が分かれるのはこの辺にあると思われるが)はあるが、プロローグという主旨ではあるが、一つの作品として完結している作りになっていて、悪くない印象。
声優について、主演の綾野剛氏に対する批判がチラホラ見られたのだが、自分はそこまで酷いとは思っていない。本人もインタビューで答えていたが、周りのベテラン勢がしっかりと世界観を作っているため、演技に迷いを感じさせなかった。また、FFシリーズの過去作もプレイしており、世界観についての理解度もあるというところは大きい。
そういう意味では、ヒロインの忽那汐里氏の方が、かなり違和感を感じた。こちらはどうにも世界観が把握しきれずに、フラフラした印象を受けた。
しかし、自分の中では映画料金分以上、かなり満足できた。
何より、繰り返しになるが、賛否はあるものの好意的意見も多い。興行的に観ても15年前(まぁ、あれはかなり底辺なのだが)とは、比べ物にならないほどの成功と言えるのではないだろうか。
皮肉なことに同じSF作品でありながら、15年前と今、何故ここまで差がついたのかといえば、やはり世界観の設定に尽きるような気がしている。
15年前の「ファイナルファンタジー」の公開時、直近で発売されていたのは「ファイナルファンタジー10」。その前の3作品、7、8と、9はややファンタジー要素が多めだが、近未来的であったり、スチームパンク寄りの世界設定続いていたというところで、SF方面へと舵を切ったのかとも思ったが、本来のファイナルファンタジー的要素があまり見られず、暴投してしまった気がしている。
今回の映画は、直近で発売されるゲームとの繋がりをしっかりと作っているというのが大きい。一本の映画ではあるが、ゲームの方の製作チームを中心として作られていて、世界観を把握しているスタッフのため、齟齬がなくダイレクトに作品が作れるのは重要だ。
また、近年のファイナルファンタジーの特徴として、日本でもトップレベルのCG技術で描かれる近未来的で、スタイリッシュなデザインが増えてきた。そういったイメージが浸透し、SF的ストーリーやデザインが受け入れやすい下地ができているというところもある気がする。
もし、15年前に作られた「ファイナルファンタジー」が、本来の世界観である魔法や、クリスタルの存在を中心に描かれる作品であったら、果たしてどうなっていたのだろうか。
VR狂想曲(PSVRの予約に踊らされる)
9月24日、PSVRの第3弾にして最後の予約タイミングとなった。
かつて、近未来でVRヘッドセットを付けたオンラインRPG世界で起こる事件を描いたゲーム、「.hack」シリーズに触れたのが大学時代のこと。
いつか、こういうゲームを実際に体験してみたいと思っていた未来がすぐそこまで来た。
PC用として開発された、「Oculus Rift」や「HTC Vive」といったVRマシーンは高性能ではあるが、なかなか手が出ずらい値段であったり、接続するPCのスペックもそれなりのものを要求され、ハードルが高い印象だ。
PSVRは性能は若干劣るものの、PS4とセットで揃えても値段は上記の二つの約半額近くで揃えることができる。
PSVR発売の発表以来、ワクワクし続けていた自分は、発売日に必ず手に入れたいと思いながら、予約はできずじまいの状況である。
そもそもの失敗は1回目の予約解禁日。先着順での予約販売でお祭り騒ぎだった店舗とは裏腹に、抽選予約を宣言していたビックカメラについては、都内は一部を除いて確保台数と抽選申込者が同一で、落選なし、という店舗も多かったというニュースが流れていたが、当日、都内にいたにも関わらず、あきらめて帰ってしまった自分の情報収集不足が本当に悔やまれるところだった。
2回目の予約解禁日。解禁時刻と同時にソニーが公式で発表している密林をはじめとするネットショップサイトに張り付いていたものの、全然サイトに繋がらず、ようやく繋がったと思ったらすべて完売。この時も、後になって情報を調べてみると最寄りのヨドバシカメラで、朝7時半ごろに到着したユーザーも予約券が取れたという事実を知り、あと2時間早く起きて店舗に行っていればと悔しい思いをした。
そして、今回である。今度は早朝から車で出発し、始発前にヨドバシの店舗に到着、待機用の折り畳みチェアも準備万端で向かったところ、列の最後尾にいた警備員から既に並んでいる人だけで予約台数が埋まってしまったと告げられた。見たところ、列は僅かに30人強。あまりの台数の少なさに愕然としながら帰路につく。
2時間ほど仮眠をとった後、今度はビックカメラの店舗での抽選申込に行く。発表時刻まで近くのマックで時間をつぶし、発表番号を確認しに行くが、ここでも当選発表枠の台数は僅かに50台。当然のことながら落選し、泣く泣く帰宅することになった。
このタイミングで手に入らないとなると、もはや年内での購入も厳しいような気がしてきた。一緒に行った友人は、PS4Proへの買い替えを検討していて、その頃までに買えればいいか、と軽い気持ちだったそうだが、同じく年内の購入は無理だろうと考えているようだ。
しかしながら毎度毎度、ヤフオクなどに並ぶ、おびただしい転売記事が憎らしい。全額先払いでの予約のため、金額的なところでメーカー側は圧迫されないが、本当に使いたいと思っているユーザーからすると、悔しい限りである。商品がないものについて、権利だけの販売は違反という規約があるのだが、その数は一向に減らない。
かつてPS4の発売時、十分な台数が出荷され、発売当日でも並ばずに店頭で買える状況で、塩漬けを恐れた転売屋が量販店より安くして、被害を減らすという事態にニヤニヤが止まらなかったのだが、今回は転売屋がほくそ笑む状況になってしまっている。
このお祭り騒ぎ、そもそもソニーはどこまで予測していたのだろうか。
SIEのアンドリュー・ハウス氏が台数の不足について憂慮している旨のコメントを出していることから、予想以上の反響があったことは読み取れる。
メーカーの予測を超えた需要に、生産ラインも追いついていないのかもしれない。
現状、日本でのPS4の販売台数は300万を突破したとのことだが、PSVRはどうなるだろうか。
ファミ通の調査によれば、PS4の所有者年齢は10代後半~30代までがメインの購入層となっている。数字はほぼ均等になっているものの、その中でやはりゲームハードで遊んでいた30代が一番多い状況だ。
家族の有無にもよるが、収入が安定してくる30代でゲームが好きな人であれば、PSVRについては購入を検討する人も多いのではないだろうか。
2014年段階でのデータだが、PS4購入者の36%、実に4割近くが30代である。例えば、そのうちの半分がPSVRを買うとなると、約18%。300万を突破したのはしばらく後になるが、それでもパーセンテージに動きがなければ、約15万台となる。
また、ここに来て先ほどのPS4の定価値下げで、その台数は加速することになる。
あぁ…書けば書くほど、倍率が高い勝負に挑んでいる敗北感。
一応、最後の砦であるビックカメラのネット通販抽選予約に申し込んだが、あまり期待していない自分がいるのだった。
あると思っていた日常が失われた日(こち亀の最終回によせて)
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、通称「こち亀」がついに最終回を迎えた。
40年の週刊連載で、一度も休載なしという記録はきっと今後も塗り替えられることはないだろう。
こち亀の掲載誌である「週刊少年ジャンプ」を読むようになったのは、小学3、4年生のころ。それまでは、コロコロコミックのような、児童向けの月刊誌を読んでいて、週刊少年誌については存在を知っている程度であった。
興味はあったのだが、なんせ月の小遣いが少ない小学生のころ、週刊誌を買い続けるのは経済的に不可能だったため、興味があっても触れる機会はなかったのである。
ところが、友人の一人が、定期的に近所のゴミ捨て場にジャンプが置かれていることに気づき、こっそり持って来て回し読みをするようになり、ついに自分も「ジャンプ」の世界を体験することとなる。
当時のジャンプは、「ドラゴンボール」、「幽遊白書」や「SLAMDUNK」といった今も語り継がれる伝説級漫画から、「ドラゴンクエスト」を下地にした「ダイの大冒険」、ホラーやミステリーの要素を取り込んだ冒険活劇「ジョジョの奇妙な冒険」、今のジャンプにはなくなってしまったバリバリの不良漫画「ろくでなしBLUES」、小学生には刺激が強かった「まじかるタルルートくん」や「電影少女」、その他もろもろ、読まないところはないほど、所狭しと名作がひしめきあっていた。
その中で、ポツンとある、何だかわからないけど、タイトルが長いお巡りさんが出てくる漫画、「こち亀」との出会いである。
しかし、ジャンプを回し読みしていた当時、しばらくスルーをしていた。理由は単に興味が沸かなかったのである。
ある時、たまたま、いつものゴミ捨て場にジャンプがなく、その週は読むことができない。でも、続きが気になる漫画はいっぱいある。
迷った挙句、ついに自分の小遣いをはたいて、ジャンプを買うことにした。
自分で買ったからには、ちゃんと読もう、といつも読まない「こち亀」にも目を通すことになる。
図ったかのように、「こち亀700回記念」、両津の昔話エピソードの一つ「勝鬨橋ひらけ」の回であった。
めちゃくちゃいい話で感動し、なんで今までこんないい漫画を読まなかったのかと後悔。今度は1ヵ月に1巻分を購入するようになる。
そんな時、これまた偶然のように、近所に住む年の離れた先輩が、部屋を片付けるついでに漫画を処分するということで、欲しいものがあったら持って行って構わないと言われ、お邪魔すると、なんとそこには1~50巻ぐらいまでの「こち亀」、ところどころ抜けてはいたが、嬉々として持ち帰り、読みふけっていた。
余談だが、とにかく文字情報が多く、1巻を読む平均時間は、他のそれを余裕で上回っていく。以前にも書いたが、自分が当時、他の子どもと比べても漢字の読みに強かったのは、この圧倒的な文字情報を何度も繰り返し読んでいた経験があったと思われる。
中学生になり、お小遣いも少し増えて、いよいよ新刊を買いつつも、まだ揃っていない過去作を一通り揃えることになる。これだけ長いシリーズの単行本を1巻から揃えたのは初めての作品であった。
高校生になり、アニメ、ゲーム、漫画にどっぷりな時期、お小遣いも増え、買い漁った本で部屋が手狭になり、100巻を超えていた「こち亀」の処遇に困り始める。ジャンプは定期的に読んでいたため、「こち亀」もコミックスを買う前に内容はすべて知っている状況で、集めているという前提のためとりあえず買っていた時期。気づけば、買っている「こち亀」の単行本をほとんど読まなくなっていた。
大学になり、いよいよ漫画の量で部屋のキャパが限界。決心を固め、大量の漫画処分を決行。「こち亀」もその対象となった。繰り返し読まなくなったこともあったが、当時、漫画喫茶が台頭し、巻数の多い漫画は読みたくなった時に漫画喫茶に行けばいい、という思考になっていた事もあった。
大学時代の半ばごろから、ジャンプ本誌の「こち亀」もあまり読まなくなった。つまらなくなったという訳ではなく、「こち亀」がジャンプに載っているのは当たり前で、一話完結でいつでも読める安心感から、気が向いたら読むというスタンスに変わっていた。
大学卒業後、ジャンプ、マガジン、サンデーの三大誌も目を通していたものの、かつての黄金時代のように端から端まで読むようなことはなく、気になっている作品をいくつかチェックする程度。自分が読みたい漫画は青年誌や角川のメディアミックス系漫画誌の方にシフトしていて、気づけば「こち亀」は読まなくなっていた。
近年は、ジャンプ系のコミックスも買うことはなくなった。
本屋で立ち寄るのは青年誌や角川系漫画誌、新興漫画雑誌の棚ばかりとなり、少年誌の棚にある「こち亀」を頑張ってるなぁと横目にみているだけであった。
いつまでも終わることがない、と錯覚していた「こち亀」。それが、ここに来て最終回を迎え、妙な喪失感を味わっている。
考えてみると、「こち亀」は載っている事が日常であり、空気のような存在になっていたのかもしれない。例えるなら、当たり前のようにいる近所の友人だったり、家族だったり、いるのが当たり前のものがなくなってしまったような感覚だ。
最終回の発表の際、「こういう時だけ、『最近読んでないけど好きだった』とか『もっと続いて欲しかった』とか言いやがって!」と両さんがキレるというネタがあったが、耳が痛いところではあるが。
しかし、一区切りをしたところでスパッと終わらせるという決断をした秋本先生の潔さだったり、両さんのキャラクターとしての美学を感じさせられて素直に感動している自分もいる。
最終回を迎えたが、その終わりは完結というよりは、両さんたちの日常は続いていくことを匂わせてくれるもので、きっといつかまた会えると思わせてくれる内容だったのも嬉しかった。
また、近々で新作の連載が開始されるのも楽しみだ。「ミスタークリス」の連載再開も嬉しいが、「こち亀」の下町イズムを継承してくれそうな銭湯漫画「いいゆだね」に期待したい。
個人的希望は、「こち亀」とも絡みがあった漫画で、下町の工務店の娘、立花静が主役の「東京深川三代目」の新作を作って欲しいところ。
物語の都合と割り切るには勿体ない(「君の名は。」を観てネタバレ考察)
話題になっている「君の名は。」を鑑賞。
公開情報が出た当時、自分はあまり注目していなかった作品でもあった。
別に新海作品が嫌い、というわけでもないが、緻密な背景によるリアルさと、その描写力で妙に自分の心を抉ってくる切ないエンディングのイメージがあるので、とりあえず、機会があったら観るかな、ぐらいの軽いものではあった。
ところが、公開直後から各所で注目され、リピーターも続出する盛況ぶりに誘われるように観てきたが、非常に清々しい気持ちになれる良作であった。
以下、ネタバレ
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作品の中で、個人的に気になった個所と、それに対する自分なりの解釈など。
瀧と三葉の間に、三年のズレがあったにも関わらず、何故、気付かなかったのか。
ましてや、日記をつける作業は日付を確認する作業ではないのか、という疑問が沸いてくる。
最初の入れ替わりから数回、二人は「これは夢だ」という感覚で、自分の体験を現実として受け入れていない。
しかし、何回かの入れ替わりのあと、互いが入れ替わっていることを現実と認識し、何とか周りと齟齬がないよう、取り繕う日常に追われていく。
そして、それに慣れてくると、自分ではない「キャラクター」を疑似体験する楽しさ、ロールプレイをしているような感覚になり、お互いがベストと思われるロールプレイをしようと試行錯誤を始める。
その中で、お互いの人間性を理解していくにつれ、気になる異性となってくる。そして、世界に恐らく二人しか共有していない秘密は、急速に惹かれあうようになるトリガーだ。
もう一つ重要な伏線は、互いに入れ替っている間のことは、目覚めると細部が不鮮明になる、と言及していることだ。
恐らくだが、劇中で二人は入れ替わっている事実を認識しつつ、夢の中で仮想現実に生きている感覚もどこかに残っていて、完全に現実として認識できていなかった可能性もある。この辺は、三葉の祖母、一葉が「夢を見ている」と指摘しているのが的を得ているのかもしれない。
もっと長い期間、この出来事が続いていれば、自分たちに起きている現象の謎の解明をはじめ、ズレに気付く可能性は高いが、そもそも入れ替わりが始まってから、三葉の死亡まで、劇中での季節の変化の描写が見られなかったため、ひと夏ぐらいの短期間ではと推測される。
そして、瀧は憧れの先輩から、「君は今、別の好きな人がいる」と指摘をされて、初めて三葉に対して「好きだ」という感覚に気づき、電話をするという行動に出る。
それまでは、互いの意識を共有する半身という認識であり、自分に対して電話をするという意識も生まれない。他人であるということに気づいた時に、終わりが来てしまったのではないだろうか。
新海作品には珍しい、リアルな日常を描きつつも、非現実的なファンタジー設定を中心に描かれる作品ということで、時間や意識といった色々な解釈も楽しい作品である。もう一度見てもいいかなと思いつつ、パッケージ化の情報も待ち遠しい。
余談だが、主題歌の「スパークル」は鑑賞後に即購入。聞いた直後に思わず買いたくなった主題歌は「サマーウォーズ」の「僕らの夏の夢」以来。
音楽も重要なファクターとして位置づけている新海作品らしく、作中のイメージが脳内プレイバックできる曲は素晴らしい。